第1回、S・Sファイトクラブ「参加作品」
第一回FIGHT/テーマ「新」

「寡黙なる太陽に告ぐ」

作者・タクカキ


―――「新」。それはもっとも輝ける、美しき形。

先進国が誇る、ビルがまるで大森林地帯の如く茂る地域。
周りでは、人々が忙しく行き交い、あらゆる音と声が交錯している。
そんな風景を眺めながら、わたしは返す返す呟いた。

「―――なんて、新しいのだろう。」

(ものの一番美しいとき。それはね、生まれた瞬間だよ。
 人間なら、紅葉のような手を持つ赤ん坊。
 猫なら、まだ小さく華奢な子猫。
 ノートなら、つい丁寧に書いてしまう1ページ目。
 CDなら、話題沸騰の最新曲。
 こんなにも美しいものが、他にあるかい?)

急に街を歩きたくなって、わたしはふらりと大通りに出た。
雲一つ無い快晴の空の中、日は高々と大空へ登り、正午の訪れを告げている。
少し歩くと、ぼさぼさの髪の毛に熱を感じ、強い日差しを受けるのが辛くなってきた。
わたしは近くのデパートの入り口付近に屋根があるのを見つけ、身を寄せることにした。
ちょうど真横の入り口からは、先程からひっきりなしに人が出入りしている。
周りを見渡すと「開店記念セール」という、巨大なゴシック体の文字が目に飛び込んできた。

―――ここにも、新しいものがあった。

「ねえねえ、今日、おれんち行こう!」
不意に、わたしの右側の方向から、幼い男の子の高めの声が聞こえてきた。
反応してそちらの方向を見ると、小学校低学年ぐらいの男の子の二人組が、歩きながら話している。
先程の声の持ち主らしい男の子は、その年代にしては身長が高めで、丸い顔のスポーツ刈り。
隣を歩いている男の子は、身長がやや低めで、さらさらの髪と丸みを帯びながらも端正な顔立ちである。
時折じゃれている姿が見えることから、二人はとても仲がいいらしい。
「え〜、公園に行くんじゃないの?」
背の低い男の子は、先程の男の子よりもさらに高い声で、不服そうな声を上げている。
「おれ、昨日、新しいゲーム買ったんだぜ!」
「えっ、ホント?」
得意げに背の高い男の子が言うと、小さい方の男の子が目を輝かせたのが見えた。
「お前も、一緒にやろう!」
「うん、いいよ!」
流石にゲームの誘惑には勝てなかったらしく、背の低い少年はあっさりと方向転換をしてのけた。
「でね、でね、そのゲームってさぁ・・・」
二人はさらに話に花を咲かせ、わたしの前を駆け抜けていった。

―――まただ。また、新しいものだ。

大通りの信号が青に変わったのを見計らい、わたしは移動することにした。
光に照らされて輝くアスファルトを、ただ一人で黙々と歩く。
やがて、木の並ぶ公園の前を通り過ぎたとき、はたと足を止めた。
目の前に長蛇の列が出来ている。
少し気に掛かったので、わたしは少し足を早め、列の最前列を見た。
人の山でよくは見えなかったが、何やら俳優だのなんだのといった話が聞こえる辺り、映画館らしい。
「もう、この日をどんなに待ったことか!」
どこからか興奮気味に話す、若い男の声が聞こえた。
それと同時に、ようやく巨大な宣伝看板を目にすることが出来た。
カラフルな文字を追っていくと、『全米で大ヒットしたあの映画が、遂に〜』などと書いてある。
なるほど、今日から上映である、話題の映画を見るための列か。

―――ああ、どれもこれも、なんて輝いているんだろう。

映画館を通り過ぎようとしたとき、細く頼りなげな裏通りがあるのを見つけた。
中が暗くて様子は分からなかったが、わたしは何となく興味をそそられ、そこへ足を踏み入れた。

―――でも。

中へと進んでいくと、そこはまさしく『ごみ溜め』という表現がぴったりの場所だった。
本来ごみを捨てる場所では無いのは明白だが、そこにはあらゆるものが投げ捨てられている。
鼻を突く異臭と共にある、腐った食べ物と生ゴミ。
数世代前のテレビやビデオデッキなどの、電化製品。
所々に散乱している、割れたCD。
ばらばらに破れ、水を吸って歪んでいる雑誌。

―――「古」。それは「新」の裏にある、醜く写る影。

とても居心地の良い場所とはいえないかも知れなかったが、わたしは更に歩みを進めた。
ややあって、通りの奥に一軒の朽ちた家があるのを見つけた。
都会の中にあるのが信じられないくらい、それは旧式で痛んだ家だった。
瓦の屋根はいくつも剥がれており、周りの壁にはカビが育っている。
取り壊されるのも時間の問題だろうと、容易に想像できた。

―――輝きのすぐ側に、こんなにも哀しい姿がある。

朽ちた家の側に近寄ると、わたしはただ、呆然と立ちつくした。
天下統一の栄華の下で捨てられた、老いた兵士を目の前にして。

―――人は知らないのだ。「新」と「古」は、切っても切り離せない関係だということに。

何かしなくてはならない。そういった衝動に駆られ、わたしは持っていた黒い肩掛け鞄をあさった。
そこから白いタオルを取り出した後、壁を拭こうとして―――やめた。
兵士の姿が、まるで同情を拒んでいるような気がしたからである。

―――ああ、「古」には、日の光を浴びることすら、許されないと言うのか!

出してしまったタオルを軽くたたむと、肩掛けの鞄に静かにしまい、チャックを閉じた。
ゆっくりと空を仰ぐ。眩しさで目を閉じる必要すら無かった。
何故なら、そこには日の光の差し込む余地すら、無かったからである。
先程の映画館と、まだ見ぬ別の綺麗な建物に挟まれ、屋根が空を覆い隠していた。

―――誰も「古」を真剣に見てくれはしないけど、それはきっと、美しい。

少しいたたまれない気分に襲われたので、わたしは上を見るのを止めた。
そしてもう一度、真っ直ぐに朽ちた家を見つめた。
改めて見返してみると、確かに外見は汚いが、そこには何か別のものが宿っていた。
例えていうなら、職務を全うした小さな駅の駅長が、孤独に引退していくときの雰囲気。

―――「古」とは、なんて堂々としていて、美しい姿なのだろう!

(「古」とは、「新」の生みの親なんだよ。
 可愛い赤ん坊も、長い人生を経てきた老人無くしては、生まれない。
 華奢な子猫も、死ぬほどの痛みに耐えて生んだ老猫無くしては、存在できない。
 新しいノートも、前に書かれたノートがなければ、次を刻むことは出来ない。
 最新のヒット曲も、古き良きヒット曲無くしては生まれない。
 ただ、永遠に縁の下の力持ちであり続けなくてはならない、哀しい宿命を持っているけどね。)

わたしは、ふと自分が花を持っていたことを思い出し、鞄をもう一度あさった。
はたしてそこから、名も知らずに貰い受けた黄色い二輪の花が出てきた。
慎重に取り出すと、家の壁にそっとおく。
まるで引退する駅長に、こっそりと労りの花をプレゼントするかのように。

―――「古」は、こんなにも素晴らしい。なのに、どうして表に立つことが出来ないのか!

その時、わたしは急に走り出したくなって、元来た道を全力疾走でさかのぼった。
先程の大通りに出ると、太陽の光が急にわたしへと降りかかってくる。
何人かの人がわたしを見たが、すぐに興味を失い、目をそらした。
わたしはただ、真っ直ぐに太陽を見据えた。
それ以外の、輝ける新しいものには目もくれず、ただ太陽を、真っ直ぐに見つめた。


太陽は、表通りをただ淡々と照らしている。

―――太陽が、裏通りを照らせばいいのに。
―――そうすれば、表通りもきっと、もっと良くみえるに違いないから。

(了)

あとがき =真っ当なSSへの初挑戦の作品です。今回は制限も付いていたので、敢えて自らの主張をひたすら訴え続ける方向で制作しました。少しでも何か思うことを持っていただければ、私としては嬉しい限りです。
やはり、「温故知新」という考えはとても大切なことだと思います。最近の傾向として、新しいものを追い求め続ける風潮がありますが、古いものこそが原点であり、それを忘れてはならないと思います。
私の作品に最後までお付き合い頂き、有り難う御座いました。


[道端文庫へ]