第1回
Short Story FIGHT CLUB
「銀賞」受賞作品
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第一回FIGHT/テーマ「新」

「新企画」

作者・風月


「フウーー」
 ため息ともとれる勢いで、タバコの煙を頭上の空間に向かって吐き出した。
 目の前の灰皿には、まあいつものことだが、吸い殻がキャンプファイアーの薪のようにつみあがってる。
 「真剣に禁煙を考えないと見放す!!」と医者におどかされてはいるものの、職業柄どうしても行き詰まると、タバコでも吸わないとやってられないのだ。
「そういうわけで、当局としては、来期において、N局に対し起死回生をかけた新番組を是が非でもぶつけて行かねばならない。町田!!!何か案はないのか?こう奇想天外で、人々をあっと言わせるものだ。」
「部長、そう言いましても、もうほとんど考え付くものは全てやりつくしてしまってますよ。うちの局だけじゃなくて、どこの局だって、もう何やったって同じようなものしかできませんよ・・・テレビ番組の企画に、今や新しいものなんて残ってません。」
「何を腑抜けたこと言ってるんだ!!!何かまだあるかずだ、それを企画するために給料貰ってるんだろうが!!いいか、明日までに企画書作成してこい!!!いいな!!!」
 もう思い付く事は、全てやたんだ・・・やらせと言われても、それが話題になって視聴率がとれればトントンだと言う事で、ずいぶん無茶な事もやりのけてきた。
 今さら、何をもって来たって、似たり寄ったりの番組になってしまう・・・早く帰っても待ってるものもなしで、町田はいつものように小料理屋で夕食をすました。
 最近、酒を飲んだり今日のようにタバコを吸いすぎると、時々胃がギリギリっとドライバーを差し込まれるような痛さを感じることがある。それは、胃潰瘍の薬を飲んでも続くようになってきているようだ。
 まあ、無理もない。いつも、新企画のことを考えて、これはと思うものを発案して採用されても、喜んだのもつかの間、また次の新企画を考え出さねばならない。自分の才能が枯れる恐怖におびえながらも、それでも必死でしぼり出して行かねばならないのだ。

 そろそろ入梅時の湿っぽさを含んだ夜風が漂うホームのベンチに、どっしりと腰をおろした。
 ホームは、夜の遅い時間にもかかわらずコンパ帰りの学生でざわついていた。
 っと、その時だ!!!
 町田が毎日通勤に使ってるコバルトブルーの電車がホームに滑り込んで来たと同時に、女子学生の「きゃーーーー!!!」という悲鳴が前方の車両の方で聞こえた。
 「じっ、自殺だ!!!飛び込んだ!!!」あたりにいた学生や、それまでのほろよいかげんがいっぺんにふっとんだサラリーマンで、あっと言う間に人だかりが出来て、町田がいくら後ろから覗いても何も見えない。そうこうしているうち救急車がやってきて、職員がもう息をしていないだろう人間を運んでいった。
「こわーーーいいい、私顔みちゃった!!!もう、血まみれよ!!!」
「私なんか、ぶつかった時の音、耳から離れないわ!!!」
 そんなこと興奮したように口々に語っている若者達は、言葉とはうらはらに、自分が世紀の目撃者にでもなったようにまんざらでもなさそうだった。
 ふっと町田の脳裏に、あるひらめきがわいた。
(そうだ、これはいけるかもしれない!!!)

 翌朝、徹夜でまとめた企画書を部長に提出した。
「なっなんだね?これは・・・」
「新番組の企画書です。自殺を決めた人物を、実際に実行するまで追跡するのです。もちろん、倫理委員会がうるさいでしょうから、出場者には一筆書いて貰います。こちらは、カメラを回すだけですから手助けもしません。自殺を決めた人間の最後のドキュメントとでもいいましょうか?その人が存在していた証としてフイルムを残し、また、自殺の実態を探るということにも焦点をあてて行きたいと思ってます。」
「でも、きみ・・・実際に志願してくるやつがいるか?」
「たとえば弔いの仕方とか、伝えたい想いとか、自殺後に未練のないような望みを叶えてあげるのもいいでしょう。また、その人の絶望,悔しさを全国ネットで放送することによって恨みをはらすという考えも出来ます。」
「・・・よーーし分かった、早速企画会議にかけてみる」
 町田が偶然にも飛び込み自殺に遭遇して発案したこの企画は、紆余曲折を経て、結局、局の生き残りをかけて制作されることになった。
 自殺志願者は、とりあえず同局のラジオ番組でつのり、コンタクトをとっていくことになった。
 おどろいたことに、かなりの数の応募があった。
 あるものは苛めになやんでいるもの、借金を抱えてサラ金に追われてるもの、失恋したもの、失業したもの、ただなんとなくというものもいた。
 みんな最後に全国ネットでテレビに出るということと、死後に望みがかなう事に最終的に決意をし、書類にサインをしていった。
 そして、その中のひとり、最初の自殺者としてサラ金に追われてる25歳のサラリーマンが選ばれた。
 彼の死後の望みは、葬式に人気歌手の有田さつきが葬送曲を歌うことだった。
 番組は、彼の自殺までにいたる経緯、そして人生をふりかえってオムニバス形式で思い出の出来事も再現した。そして、アパートのテーブルにもたれるように睡眠薬を飲んでうつぶせになる姿でフェイド・アウト・・・最後は、彼の葬式で、有田さつきが彼の好きだった彼女の持ち歌を歌ってるところで終わった。
 番組終了後、局の電話はパンク寸前になった。ほとんどが、抗議の電話ばかりだろうと思っていた町田は取り次ぎをした社員の話をきいて少なからずも驚いた。ほとんどが、今度は自分が出演したいという依頼だったのだ。

 人間のこころの中には、“恐いものみたさ”“他人の不幸は蜜の味”といった潜在意識が多かれ少なかれ存在してる。そんな人達が世の中にあふれてる他に、親しいものが突然自殺をして、“なぜ?”に苛まれて生きてる人達がいる。
 そういった人々の好奇心、虚しさにも助けられて、視聴率はその秋の新番組のトップを走っていた。
 町田は社長室に呼ばれ、社長直々に金一封をもらった。中には、50万円が入っていた。
「いやーーー町田君、きみの企画のおかげで今や、我が局の株も急上昇だ!!!これからもがんばってくれたまえ!!!」
 鼻息の洗い赤ら顔の社長に肩を叩かれぎゅっと握手をされて、これもサラリーマン冥利につきると思った。自分の才能をこういう形で評価されるのも悪くない。

 だが、そうなると他の局も負けてはいない。
 今度は自殺することを確約させて、死ぬ前に望みを叶えさせる番組が好評になり、町田の局はまた次期の番組改正にむけて、新番組を企画していかねばならなくなった。
 もちろん、町田に対する期待も以前にまして強くなる。
 部長は、顔を見る度、また同じように「新企画!!!新企画!!!」と言ってくる。
 町田は、また、以前にもましてタバコと酒の量が増えていった。
 医者にもらった痛み止めの薬も切れたので、しかたなく医者のところに出向いていった。この間飲んだ胃カメラの結果ももちろん出ているころだ。

「町田さん、僕は告知する主義なので、はっきり言わせて貰うよ。このレントゲン写真からすると、長くて3ヶ月だ・・・」
「・・・ガンということですか?」
 町田は、突然懲役刑が死刑にかわった被告人のように蒼白になった。(俺には、身内なんていないんだぞ、いままで仕事一筋でやってきた。まだ結婚もしていないんだ。だれが俺の最後を見取るんだ?誰が俺の骨をひろってくれるんだ?)
 町田をとてつもない寂寥感がおそった。彼の行くところは、自分が長年勤めたテレビ局の制作企画課の部屋しかなかった。
 もうほとんどの社員が退社した中、部長だけがぶつぶつと何かひとりごとを言いながら書類にはんこを押していた。
「部長、今医者に言われて来ました。はははああ、3ヶ月だそうです。」
「えっ?町田・・・そうか・・・」
 そう言った後、部長は椅子をぎしっときしませながら後ろにそりかえり、何か深く考えてる様子だった。
「だいじょうぶですよ。なんとか次の新企画が出るまでは、そう簡単に・・・」
 と言いかけたところで、部長がゆっくりと口を開いた。
「なあ、町田・・・ものは相談なんだが、最後にもう一度花見を咲かしてみないか?」
 と、部長が提案したのは、町田がガンで死ぬまでの闘病生活を赤裸々に実写するということだった。
 簡単にガンで死ぬといっても、その直面になった人でないと、実際に人間の体がどうガンの細胞に犯され死に至るかは不確かなことである。それを、ドキュメンタリー形式でとらえることによって、ある人にとっては心づもりにもなるし、ガンの恐ろしさも伝えることが出来るということだった。
 町田は躊躇した。が、しかしそれにかわる新企画を今更提示することも出来ないのも分かっていた。
 自分には、今やこの新企画を潰す権限もないし、そうする意義もないのだ。しいていえば、自分が画面に出る事によって、最後に表舞台に出て視聴率を稼ぐ努力をするそれだけのことだ。

 数日後、企画会議で通ったこの新企画書に自分のサインをし、ありきたりだが、死んだ後、灰を海に撒いてくれることを契約した。

 今、彼は病室の天井を眺めてる。
 いや、実際に見えてるか見えてないか分からないが、無精ひげとすっかりやつれた顔には昔の面影もない。
 やがて、とりつけた心音計がピィーーーーーーと一定の金属音を鳴らしだした。
 その音が合図のように、「カット!!!」と助監督の声が病室に響いた。

あとがき =“新”を不のイメージとしてとらえたかった。そして、人間の好奇心の貪欲さと、死に対する受け止め方をテーマにしたかった。


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