第1回、S・Sファイトクラブ「参加作品」
第一回FIGHT/テーマ「新」

「新人賞を狙う男」

作者・飯田橋


 俺は今、狭苦しいコンクリートの部屋に連れ込まれ、刑事たちに睨みつけられている。こんなはずじゃなかった。まさか、あの男が裏切るだなんて。
「さあ、筋道立てて説明してもらおうじゃないか」
 年輩の刑事が正面の席に座り、じっと俺に視線を合わせてくる。俺は捕まってから何度も警察官に説明した。だというのに、彼はまったく信じようとせず、俺をこの刑事に引き渡したんだ。
「何度も言ってるじゃないですか。俺はただ、新人賞が欲しかっただけなんですよ」
 彼は、なおのこと高圧的に俺を睨みつける。だけど、説明することなんて同じことの繰り返しだった。
 俺が捕まったのは、作家の石川栄五郎の自宅だ。書斎に忍び込んだとき、待ち構えていた警察官に捕らえられた。そうして、俺は今、ここにいる。警察署の取調室に。
「わかった。おまえは新人賞が欲しかった。そりゃあ、石川先生といったら、日本屈指の有名な作家だ。新人賞の陳情をするために忍び込んだってわけだな……。
 バカにするのもいいかげんにしろ! どこに、忍び込んで陳情をするヤツがいるんだ!」
「そんなことを言われましても……」
「そろそろ本当のことを言ったらどうなんだ? 本当は、先生に脅しをかけて、なんとしても受賞させてもらおうと考えていたんだろう?」
 刑事は身を乗り出して俺の目を見た。頭に血が上り始めた俺は、威嚇するように刑事を睨んだが、押し戻されるように視線を外した。
「そんなわけないでしょう? いくら脅しをかけたって、先生が警察呼んだらおしまいですよ。それに、脅したくらいで、受賞させてもらえるわけがないんです」
「だったら、なんのために忍び込んだ? 我々にもわかるように説明するんだ」
 俺はため息をついてから紙を出した。第二十二回石川賞の応募要項だ。刑事は、さらっと眺めてから、机の上に放り投げた。
「これが、いったいなんだと言うんだ?」
「刑事さん、俺は駄目な男なんですよ」
「そんなこたぁわかってる。ここに来る連中に、まともなヤツなんかそうそういるはずがない」
「そうでしょうね。うちの中でも、俺なんてひどい扱いですから。うちは四人家族なんですが、親父もおふくろも妹も、それなりに稼いでいます。ですが、俺だけはてんで駄目でして、うちじゃ召使い同然なんです。だから、どうしても賞を取りたかった。一発逆転を狙って、見事に失敗したというわけです」
 刑事は腕組みをしたまま何度か頷いた。
「だが、君はまだ若いだろう。いくらでもやりなおしがきく。どんな仕事でもコツコツと辛抱強くやっていれば、きっといいことがある。そういうものだ」
 俺は首を横に振った。
「俺も定職についていないわけじゃないんです。ただ、完全歩合給ですし、俺にはその才能がないことがわかったんですよ。そこで、賞に頼るという方法を思いついたんです。石川賞を取れば、俺は実務から解放され、師匠として指導にあたることができます。俺の場合、職人的業務より、デスクワークの方が向いていると思うんです」
「デスクワーク?」
 刑事は不思議そうな顔をして首を傾げた。
「君の仕事はもとよりデスクワークみたいなもんだろう? それに、新人賞ってのは、デビューへの道が開けるものだろう? いきなり師匠だなんて聞いたことないな」
「違うんですよ。新人賞と言っても、他のものに比べて遥かに大きな賞ですし、僕の目指している部門は最難関なんです。受賞はデビュー以上の大きな意味を持ちます。前回の受賞者は、現在、五十人からの弟子を抱えているって噂ですからね」
 といっても、前回、受賞者が出たのはもう十年以上も前のことだ。それくらい、この賞の敷居は高い。だからこそ、俺は石川先生の自宅を訪ねたのだった。
「なるほどな……大勢の弟子を従えていたら、そりゃあウハウハだろうなあ。上納金も半端じゃあるまい」
「ええ」
「だがな、石川先生を利用して強引に受賞しても、弟子がついてこないぞ。そういうのは、一部の才能ある連中が受賞するんだ。君なんかは、コツコツやるしかなかろうに」
 俺は恐縮して、頭を掻いた。
「まあいい、続きを……」
 刑事がそう言いかけたとき、取調室のドアが開いた。入ってきた刑事が、目の前の刑事に耳打ちしていた。一瞬、刑事の顔が強張ったかと思うと、急に態度を変えて机にこぶしを叩きつけた。
「この野郎! なにが新人賞だ! おまえ、ただのコソ泥じゃねえか!」
 俺はただ、頷くしかなかった。刑事は話を正確に理解していなかったのだ。
 先週、賞の応募要項が出てから、俺は石川先生を訪ねた。今回のお願いをするためだった。先生は面白い話だと快く引き受けてくれた。そして、今日、俺は先生の自宅に忍び込んだのだ。
 だが、先生は見事に裏切っていた。俺が来ることがわかっていた先生は、近所の派出所に連絡して、警察官と一緒に俺を待ち構えていたのだった。先生だけは、俺たちの味方だと思っていたのに。
 石川五右衛門賞のキャッツアイ部門では、あらかじめ、予告をしてから盗みを働くことが応募条件になる。その点で、他の部門からは計り知れないほど敷居が高い。毎年、応募者はわずか数名で、受賞者が出ていないのはそれが理由だった。
 本来なら秘密であるこの賞のことを伝え、盗んだ品物はあとで返すからと石川先生にはお願いした。もちろん、予告があったことは盗まれるまで隠してもらい、ニュースやワイドショーで大きく報道してくれとも頼み込んだ。どうして、先生に頼んだかといえば、先生は義賊に理解ある小説を多数書いていたし、とにかく有名だったからだ。受賞者の決定は、マスコミがどれほど大きく報道したかに委ねられるのだから。
 俺がそのことを伝えると、肩を怒らせた刑事は再び応募要項を眺めてからタバコをくわえた。

 数ヶ月後、俺は刑務所にいた。これまでの悪事の数々を徹底的に調べられ、見事に有罪になった。家族も同様だった。俺がへまをしたために、泥棒一家の正体がバレたのだ。どうやら、俺より刑期は遥かに長いらしい。俺の場合、腕が未熟だったことが幸いしたようだ。
 俺の刑期が終わろうとしていた頃、刑務所と縁のなさそうな男が入所してきた。石川先生だ。
 そうなんだ、石川賞の主催者はあの石川先生だったんだ。先生は、現代に優秀な泥棒を残すべく、密かに活動していたという。元を正せば、先生のペンネームも石川五右衛門からつけたというから、とんでもない話だ。
 先生は迷ったらしい。俺が捕まれば石川賞のことが露見するし、黙認すれば石川賞の品位を落としてしまう。結局、先生はプライドを選んだ。どうやら、俺には対象を見る目もなかったらしい。
 だが、先生は笑っていた。今度は、刑務所から脱出する方法を問う新しい賞を新設することにしたと余裕の表情だった。どうせなら、自分も刑務所で悪行三昧を繰り返し、懲罰房に叩き込まれてから抜け出してみようかと、まことしやかに語っていた。
 君もやらないかと誘われたが、もう新人賞はごめんだった。だいたい、俺の刑期はあと二ヶ月しかない。今、俺は先生の巻き添えを食らわないように、できるだけ距離を置いている。
 だって、先生は、初日から飯がまずいぞと隣にいたヤツの食器をひっくり返し、乱闘騒ぎを起こしたんだ。おまけに、そいつと一緒に懲罰房送りになるとき、俺にウインクまでしていったのだから始末が悪い。
 あと二ヶ月。絶対に先生の隣には座るものか。
(了)

あとがき =んー、いつものことながら、むちゃくちゃな話ですなあ。


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