第1回、S・Sファイトクラブ「参加作品」
第一回FIGHT/テーマ「新」

「収穫期」

作者・広東


 数日の間降り止むことなく続いた長雨があがり、夏の暑さの名残すら洗い流した。
長雨があがれば本格的な秋の訪れである。それは彼らが待ちに待った収穫の季節であった。

その朝も畑に向かう彼らの中に、一組の父子の姿があった。
「お前も私といっしょに、収穫作業が出来るようにまでなったか」
父親は器用にトレーラーを操縦しながら、横に座った息子に話し掛けた。その顔は息子の成長を喜ぶ表情に満ち溢れていた。
「そうだよ」息子は得意げに答えた「お母さんが、たくさん採って来てねって言ってたよ。そしたら今夜は、ヤゲローブをたっくさん作ってくれるって」
「そうか。母さんのヤゲローブは美味しいもんなぁ」父親も嬉しげな表情で答える。「それに、ヤゲローブはアレが新しいうちにしか作れないからなぁ」
「うん…年を越しちゃうと全然ダメだって。歯触りが硬くなっちゃうんだって」
「そうだなぁ…」

 彼らの主食であるその作物は、年に一度、この時期にしか収穫できないのであった。優れたバイオテクノロジーを持つ彼らを持ってしても、それを秋以外の時期に作り出すことはできていなかった。
 家族が一年間食いつなぐだけの量はこの時期だけで十分に収穫できた。収穫した作物は常温ではすぐに変質し始める。そのためすぐに食べる分を除いて、全てが冷蔵貯蔵庫で保存されることになる。しかし、零下30度に保たれた貯蔵庫であっても、緩慢ながら変質していくことは避けられない。母親の言葉通り、年を越す頃には筋ばった歯触りが目立ちはじめる。そして夏ともなると硬くて容易に噛み切れないどころか独特の臭みが出、食事は苦痛すら伴う行為となる。
 それ故、新鮮な作物の味覚を堪能できるこの季節を、彼らは待ちに待っていたのである。

「どうれ、ここだここだ」
父親の言葉に、息子はスクリーン越しの前方を見上げた。赤茶色一色の地上に一際生える濃緑色の一角が見えた。さらに近づいていくと、それらは作物をたわわに実らせた樹木が均等に列を作っていたのだった。
「ここが、うちの畑なの?」息子は眼を輝かせて尋ねた。「すごぉい」
「そうさ、家族6体を養う畑だよ」父親は畑の入口にトレーラーを停めると、一本の樹木の側に息子を連れていった。
「"ねぎもがり"で採るんじゃないの?僕、あんなの届かないよ」
「はっはっは、それをいうならネギュノウグァリだろう」父親は笑いながら答えた。「確かにあれを使って採るんだよ。だがな、お前はこの作物が実っているところを見たことがなかっただろう。それを見せようと思ってね」
樹木は背丈の数倍の高さがあった。節くれ、捻じ曲がったような漆黒の樹皮は、背丈の1/3の辺りで触手のように無数に枝分かれし、濃緑色と朱色の混じった葉をつけていた。そして、その枝の先端にぶら下がったのが、彼らの主食たる作物だった。

彼らはそれを「ヒュマンの実」と呼んでいた。

「どれ、一つ味見してみよう」
「えぇっ」
 驚いた息子を尻目に、父親は脇に持っていたパネルを操作した。一瞬息を呑むような音がして、やや赤みがかった白色のヒュマンの実が一つ落ちてきた。父親はそれをうまく、しかし大事そうに受け止めた。一番上の二本の腕だけで持てる大きさだった。
「これが…ヒュマンの実なの…?」
「あぁ、そうだよ」
「ふぅん…変な形なんだね」
 ヒュマンの実は実際、妙な形をしていた。枝の先端がつく部分は大きく膨らみ一面がやや窪む、歪な球形だった。その下からは、球形よりやや小さい径の楕円球がつき、太くて短く、それぞれ一箇所大きく曲がった突起が四本、そこから出ていた。突起の先はやや平たく潰れ、先端が五つに分かれていた。全体が丸みを帯び、四本の突起がピクピクと動いているのが、新鮮である何よりの証拠だった。
「実はな、生でも食べられるんだぞ、これは」
 父親は片側の腕でヒュマンの実を押さえ、動いている突起の一本をぐいと引っ張った。力を込めるまでもなく「ぷつり」という音とともに突起がちぎれた。毟り取った断面からは真っ赤な汁がぽたぽたと垂れ落ちる。実から離されてもなおひくひくと震えて続けている突起を、父親はぽいと口の中に放り込んだ。新鮮な果肉と汁が口中に広がった。
「うん、うまい」父親は真っ赤な汁を口の端に滴らせながら満足そうに頷いた。
「僕にも食べさせて」
「あぁ、食べてみなさい…そうだ、滅多に味わえないところを教えてあげよう」
 そう言うと父親は、枝からはなれた断面の中に手の先を押し込むと、ぐいと左右に押し開いた。突起を引き抜いた時とは異なる「ぺきっ」という音がし、歪な球の部分が割れると、中から出てきたのは白くくにゃくにゃした果肉だった。
「…これ…?」息子の表情が一瞬曇った。「それより、お父さんが食べた部分の方がいいや」
「そう言わずに食べてごらん。これはシラコといって、採れ立ての時しか食べることが出来ないんだ。家に持って帰ったらもう食べられないんだよ。うまいぞ」
「…うん…」息子は恐る恐る、白い果肉を一かけらすくうと目を瞑り、「えいっ」とばかりに口に入れた。ゆっくり口を動かしてはいるが、目は瞑ったままだ。
「…どうだ?うまいだろう?」
 息子が目を開いたとき、それは輝いていた。
「すっごくおいしいよ、お父さん!…もう一口、食べてもいい?」

「ねぇお父さん、ヒュマンの実って美味しいけど、なんでこんな形をしているの?」
白い果肉を殆ど一人で食べ尽くし、満足げな息子が尋ねた。
「あぁ…これはな、ご先祖様が作り出したものなんだよ」父親は遠くを見やりながら答える。
「この星に、始めてやってきた我々のご先祖様がね…」

 彼らは本来、他の生物を捕食する肉食を中心にしていた。従ってこの星に侵攻した時も、いつもは金属の動く容器に入っているが、いざとなると二本の足でうろちょろと逃げ回る目障りな物体を捕食していたが、殆どは非常に不味いものだった。しかし、それらのうちの一部、より小さく、自分では動かない個体(ただし妙にけたたましい音をたてているが)は、かなり味がまともであることが判明した。
 彼らは自らの生物改変技術を応用し、その小さく味のまともな個体を大量に生産することに取り組んだのだった。この星の植物と合成し、果実として収穫できるように。
 素材としての二足歩行の生物の数はほぼ絶滅しかけていたから、それは一刻を争う事業だった
 そうして出来あがった植物は、二足歩行の生物が自分達につけていた呼称にちなみ「ヒュマンの樹」、その実は「ヒュマンの実」と名付けられたのだった。

「ふぅん…じゃあ、ヒュマンの実は、この星に大昔にいた生き物の形なんだ」
「そうなんだよ。こうして毎年ヒュマンの実が食べられるのも、ご先祖様のお陰なんだ。それを忘れてはいけないよ」
「はぁい」
「よし、じゃあ、収穫作業にかかるとしよう」
父親はうぅん、と声をあげ、節のついた紫色の胴から生える左右8本の腕をぐぐっ、と伸ばした。ふと横を見ると、息子は6本の腕と8本の脚を総動員して、先程の食べかけの実をちぎっていた。
「まだ食べるのか?」半ば呆れたように尋ねる父親に、
「だって、いつもお父さん言ってるじゃない。食べ物を粗末にしちゃダメだ、って。それにね」息子は三つの複眼をぐりぐりと回して微笑んだ。
「新鮮な実ってこんなに美味しいなんて知らなかったんだもん」

(Fin)

あとがき =…スケジュールに余裕を持たせて書くべきでした。「いつまでも あると思うな 締切り前」 ジャンルも自信ありません。自分の得意の分野で書いたつもりですが、案外そうでもないかも…。


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