第1回、S・Sファイトクラブ「参加作品」
第一回FIGHT/テーマ「新」

「Stork Service」

作者・ふぉれすと
 

 大きな窓からこぼれるように春の陽が差し込み、淡いクリーム色をした部屋の壁と溶け合うと、部屋の中央に腰掛ける二人に明るく暖かい印象を与えた。囁くように流れるクラシックの調べが二人の心を落ち着かせてくれた。
 しかし、微かに漂う薬品の香りが、ここが心休まるリビングルームで無いことを二人に改めて認識させ、少し暗い気持ちにさせる。
「そんなに心配しなくたって大丈夫だよ」
 不安を隠せぬ表情で身体を震わせながらうつむく妙子の背中を、支えるように祥一は寄り添った。
「そんなに怖がる必要はないんですよ。今の時代、蔓延した環境ホルモンの影響で、不妊に悩む方は二人に一人と極めて身近なことになっています。なにも奥さんだけが特別じゃないんです」
 二人の前に腰掛けた白衣の男は、先ほどまで見ていたカルテから視線をあげると、柔和な笑顔で語りかける。しかし、妙子はうつむいたまま男と視線を合わせようとしなかった。男は手にしたカルテを側の机に置き、足を組み替えると、静かにそして優しく言葉を続けた。
「昔ながらの不妊治療や体外受精などとは異なり、医学の進歩は確実にお子様を授かることが可能となったのですよ」
「で、でも……」
 今までずっと無言であった妙子は注意しなければ気づかないような声を絞り出した。
「先生、た、妙子は子宮ガンで子宮を取り去っているのですが、それでも……」
 拳を握りしめ、うつむく妙子の肩を支え、祥一は決意したような表情で口を開いた。その声で押さえられぬ感情が爆発したかのように妙子が握りしめた拳は涙に濡れた。
「大丈夫ですよ。今は人工子宮もあります。子供を産み育てる権利は誰にでも平等に与えられているのです。そうだ、お二人の間のお子様はどちら似になられるのでしょうね。ちょっと想像してみませんか?」
 まるで妙子を励ますような口調で、男は妙な提案をした。祥一は最初、その提案に戸惑ったが妙子が、少しでも落ち着いたらと考え始める。
「そうだなぁ、やっぱり、息子と公園でのキャッチボールが夢だなぁ。あっ、僕はずぼらだから、やぱっり妙子のしっかりしたところは似てもらわないと。まてよ、そうすると、几帳面な母子に挟まれて肩身がせまいか?」
「なによ……、横着な祥ちゃんが悪いんじゃない。男の子だったら、やっぱり祥ちゃん似がいいなぁ。あとわたしは目が悪くと苦労しているから、目は祥ちゃんに似て良い方が将来、苦労しなくていいかな」
 祥一のふざけたような口調に、少し気を取り直した妙子は本当に夢にまで見た夫との間の子について、うれしそうに話し始めた。数年前、子宮ガンに犯されたときに諦めた子供への夢。その夢がまた溢れだし、彼女は取り留めもなく語り続けた。
 男はそんな二人の他愛もない子供への希望を、一言も漏らさずカルテに書き込んでいく。会話は子供の将来へと発展し、二人は男のその行動に気づきもしなかった。
「さて、お子さまへの夢は尽きないと思われますが、そろそろ始めるといたしましょう。あ、なにも心配はいりません、少し血液と口の中の粘膜を採取させて頂くだけですから」 そう男が言うと、傍に立っていた女性に小さなスプーンを渡され、採血用の注射器で採血が始まった。その手際のよい作業は二人があっけに取られている間に終わった。
「奥さんはこれからは毎月1回、通院してください。1年もすればお二人の家庭に元気なお子さんが加わりますから楽しみにしてください」
 男の声はどこまでも、柔和で優しく響いた。
 
 
 何気なくつけたTVからはお昼の情報番組がBGMのように流れていた。祥一はコタツに潜り込みながら、彼の傍で真新しいベビー服を綺麗に折りたたむ妙子に語りかけた。
「今日はまもなく生まれる僕たちの子供のためにおもちゃを買いに行こうと思っていたんだけどなぁ、この寒さじゃ面倒だなぁ」
 妙子は祥一の言葉に微笑みながら、彼が無造作に放り出した赤ん坊用のおもちゃを、一つ一つ片付けてはじめる。
 
「子供が欲しいけどできないとお悩みの方、我々にご相談ください。お子様のぬくもりを必ずお届けします。Stork Serviceはお悩みを解決します」
 TVでは情報番組の合間に一年前から世話になっているセンターのCMが流れていた。ふと、祥一は彼の傍にたたずむ妻に視線を向けた。
 この一年で妙子は見違えるように元気になった。人生に絶望し、子の生めない身体を呪い離婚の言葉まで口にした彼女にセンターは生きる喜びを与えてくれた。毎月欠かさずセンターに通い、日を追うごとに母親としての自覚に目覚め、活発になっていく彼女。祥一はあの暗く落ち込んだ妙子からは想像できないほどに明るくなった彼女を見つめた。肩にかからぬほどにそろえられた黒髪、痩せ型で小ぶりだが張りのある乳房、そして引き締まったヒップとくびれた腰。そのスタイルは今の彼女の微笑みと合わさって輝いて見えた。
「どこを見ているのよ。いやらしいわねぇ」
「いや、幸せだなぁと思ってね」
 どこまでも明るい妙子の表情に祥一は微笑み返す。仄かな幸せに祥一は包まれた。
 互いに微笑み合い、祥一が妙子を抱き寄せようとしたとき、ドアフォンがその行為を抑制させた。
「いいところなのに……」
 何度も鳴らされるドアフォンに祥一は渋々立ち上がる。
「お世話になります。Stork Serviceです。お子様をお連れいたしました」
 ドアを開けるとコウノトリのキャラクターをあしらったブルゾンを羽織った女性が大事そうにすやすやと眠る赤ん坊を抱いていた。
「あぁ、私たちの赤ちゃんがやっと家にやってきたのね。ほら、私がお母さんですよぉ。見て、祥ちゃんにそっくりな寝顔だよ」
 ドアから聞こえた声に駆け寄ってきた妙子は女性から赤ん坊を受け取るとうれしそうに奥へと連れて行く。
「こちらが出生証明になります。ここにサインを願います」
 女性は赤ん坊を手放すと祥一に一枚の紙を差し出した。その紙は国の出生局が発行する正式な出生証明書であり、連れてこられた赤ん坊がDNA鑑定を含めて、間違いなく祥一と妙子の子供であることを証明していた。

「これで僕も父親になれたんだ」
「お父様似の元気な男の赤ちゃんですよ。お幸せに」
 受領書にサインをして渡すと女性は笑顔で去っていった。それを見送ると満面の笑みで赤ん坊を抱きかかえる妙子の傍に駆け寄る。
「ほぉ〜ら、僕がパパでちゅよぉ」
 幸せな二つの笑顔が安らかな寝顔を中心に広がる。
 
 
 
 大きな窓から差し込む優しい陽の光に照らされた二人は無言でうつむいていた。彼らの前に腰掛ける白衣の男は目を通していたカルテを机に上に置くと、腕を組み、静かに口を開く。
「心配は要りませんよ。今の時代、蔓延した環境ホルモンの影響で不妊に悩む方は二人に一人と極めて身近なことになっているのですから、お二人が特別と言うわけではありません。医学の進歩は確実に子供を授かることを可能にしたのです。なにも心配することはないのですよ。えっ、クローン人間なのかですって? とんでもない、クローンのような人のコピーなんかではございません。人の遺伝子情報の解読と、DNAの分離・合成技術という新しい方法でお二人の遺伝子を組み合わせた、そうお二人の遺伝子情報をもった正真正銘、お二人のお子様が誕生するのです」
 白衣の男は静かに、そして優しく言葉を続けた……。
 
 

あとがき =勢いで書いた上に推敲の上、苦しみながら6KBに抑えたので、言葉足らずなところがあるかと思います。ふと、将来はこんなことが可能になるんだろうなぁと、思い書いてみました。


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