第1回、S・Sファイトクラブ「参加作品」
第一回FIGHT/テーマ「新」

「亜美と圭介の新しい関係」

作者・山根一家


 草食動物の頭蓋骨、おそらく羊のものだろう、それはたとえば壁にかかるオブジェのようにそこにあるのではなく、もっとそっけなく、ただそこに置かれるためだけにそこにあるかのように置いてある。見てみぬ振りをして、それをやり過ごす人々が大半なのだが、美術部員である亜美には、それが妙に気に掛かる。それこそ、これを使って何かオブジェでも作ってみようかしら、などと考えているのかも知れない。亜美が立ち止まったことに気付いて、圭介が振りかえる。俺は本当に亜美のことが好きで、片時も離れていることが出来ないぐらいに好きなのだが、街中を歩いていて、いきなり立ち止まるのはやめて欲しい。大体、こういう風にいきなり立ち止まるときには、何やら「芸術センス」というものが、触発されたときで、そういう芸術的なインスピレーションは何よりも最優先すべきものだ、と亜美は真剣に考えているらしいのだ。そして、そんな「芸術センス」などというものは、俺には全然わからないことなので、「あれ、何か、いいよね」などと同意を求められても、何と答えたものか分からず、本当に困ってしまう。今回もまた、なんだか訳の分からないガラクタに目を奪われているのだろうと思い、圭介はその視線の先を追うのだが、そこにあるのは、草食動物の頭蓋骨で、おそらく羊のものだろう。これは、確かに奇妙だぞ、と、圭介は目を輝かせて、亜美と何かを共有できる予感、たとえば「あれ、なんだか、いいよね」などと言われて、「うん、何だか、不思議だよな」と答える、そういうやり取りをすることで、「芸術センス」とまでは言わないまでも、それに近い何かを共有できるのではないかという予感を感じて、亜美に視線を戻すのだが、すでに亜美は歩き始めていて、「今日も暑いねえ、いやんなっちゃう」と、手をパタパタと風を送ったりして、圭介の横を通り過ぎて行ってしまう。
 お尻の話をしよう。圭介は亜美のお尻が大好きだ。こうして一緒に歩くときでも、並んで歩くより、その後ろを三歩下がって、亜美のお尻がもこもこ動くのを眺めながら歩きたい。制服のスカートのうえからでは、あまりその動きがよく見えないから、もっとタイトなスカートやジーンズを履いてくれればいいのだが、なかなかその希望を伝えるのは勇気がいる。圭介には他愛のない夢があり、亜美にティーバックのパンティ・・・いや、ベストなのはふんどしなのだが、それだけを身につけてもらって、ふたりで砂漠を歩くというものである。無論、そのときにも、亜美の三歩後ろを歩くのである。そんな妄想は決して亜美に打ち明けられないのであるが、しかし、それでも、いつの日にかそれが達成されるのであれば、俺はその場で死んだって構わない、それほどに思い焦がれている夢なのだから、その第一歩として、タイトなスカートやジーンズを履いてくれるように頼むぐらいのことは、勇気を持って打ち明けるべきではなかろうか。勿論、圭介が好きなのは、亜美のお尻ばかりではなく、肌の白さやくるくるとよく変わるキュートな表情や誰に対しても物怖じしない強気な性格なども全部好きなのである。圭介の妄想は、ふんどし姿の亜美と砂漠を歩くことだけではなく、その他にもあれやこれやの妄想を繰り返しては、もう辛抱たまらず、勉強も手につかず、水泳部の練習も同様で、夜も眠れない。そういうときには、落ち着きを取り戻すために、バイク雑誌を読み込むことにしているのだが、最近のバイク雑誌には何の脈絡もなく、水着ギャルが出て来たりするので、余計に悶々としてしまう。
 「こう暑いと汗かいちゃって臭くなるから、いやんなっちゃう」亜美は、突然ボタンをはずして、ブラウスを脱いで、キャミソール姿になる。圭介は亜美のキャミソール姿を初めて見るわけでもないのだが、ブラウスを無造作に脱いでしまう、その唐突さにドキドキとしてしまう。亜美の鎖骨の上のくぼみには汗が溜まっていて、圭介はその汗を舐め取りたい欲望に猛烈におそわれる。こうして、圭介の妄想のネタがまたひとつ増えた。猛烈に暑い砂漠で、ふんどし姿の亜美とふたりで歩き(勿論、圭介は三歩下がって歩く)、汗をたっぷりとかいたうえで、亜美の鎖骨の上のくぼみに溜まった汗をゆっくりと舐め取る。ああ、たまらん。圭介はほとんど恍惚の表情となる。しかし、亜美はそんな圭介の馬鹿面には全く無頓着で、アカウミガメの生態についての、テレビで得た知識を延々と披露するのだった。「アカウミガメって、ポコポコ卵うむときにさ、ボロボロ涙ながすでしょ。あれって、体内の塩分を外に出すためなんだってさ。別に悲しいわけじゃないんだってさ。人間の基準でものを観察すると、動物なんかは擬人化しがちだよね。涙ながしているから、悲しいんだね、悲しいけど頑張っているんだねとか言って、生命の尊さなんかに結び付けて考えちゃうんだよねえ。でも、そういう姿勢そのものが人間の傲慢なんだと思うな。あいつらに感情なんか無いんだよね。魚類、両生類、爬虫類、あと蜘蛛とか昆虫とかね。あいつらには感情無いんだよ。まあ、哺乳類でも、ウシとかブタとかは、ほとんど何も考えてないみたいだけどね。でも、イヌとかネコとかクジラとかイルカにはあると思うな。あと鳥類はどうなんだろう。カラスとかは頭いいらしいけど、なんか頭いいというのと、感情があるってのは違う気がするよね。やっぱりあれも畜生の類だよね。鳥類も感情は無いと思うな。ほら、だからニワトリは食べるじゃない。やっぱり感情のある動物は食べられないな。昔はクジラとか食べてたらしいけど、やっぱり捕まえなくなったのは、そういうことだと思うな。感情あるんだから、食べちゃいけない、って皆気付いたんだよ、うん。だから、結局、アカウミガメは感情がないってことだから、卵をうんでいるところを捕まえて、ひっくり返して、お腹側から甲羅をはがして、いろいろと切り分けて、煮たり焼いたりして、卵は卵でおいしくいただくっていうのも、『あり』っていうことなんだね・・・ちょっと、ちゃんと聞いてる?」ようやく圭介の馬鹿面に気付いて、亜美は声をかける。圭介は、馬鹿面のまま、ヨロヨロと亜美に近付き、キャミソールの裾をつかんで、おもむろに捲り上げる。「キャッ」という声とともに、ノーブラの乳房が揺れる。

 それは圭介の妄想が現実を貫いた瞬間であった。ふたりの新しい関係はこうして始まった。

あとがき = 最後のシークエンスは蛇足の感がありますが、テーマがある以上、明記しておいた方がわかり良いかなと思い、付け足しちゃいました。こじつけ臭かったですかね?


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