第1回、S・Sファイトクラブ「参加作品」
第一回FIGHT/テーマ「新」

「差別」

作者・弓削部 濁


 「エイッ、ヤッ!」
 僕の体は空中で、風を切って鮮やかに三回転し、揺るぎない堂々たる着地もやってのけた。
 段違い平行棒は、僕のもっとも得意とする種目なのだ。特に、着地には誰にも負けない自信があった。
 だけど、教師が
 「いいぞ! ツカハラと競い合えるほど決まってるぞ!」
 と誉めただけで、他の学生は、パラパラと気のない拍手をしただけだ。
 それも無理のないことかもしれない。
 ここは保守的で偏見も強い、アメリカ南部のとあるカレッジなのである。
 「ツカハラって何だい?」
 青い瞳に金髪の、白人代表みたいな容貌の学生が、隣りの栗毛の学生に訊ねた。
 「ああ、そいつは半世紀も前に、オリンピックのこういった種目で、いくつもの金メダルをかっさらった日本人だよ」
 「ふむ、何だい、やっぱりそういうことかい」
 「え?」
 「つまりこのスポーツは足の短い奴が上手く着地できて得点も稼げるんじゃないか。そんなのを一緒にやるなんて不公平だよ。ゥゥゥいくら俺がやっても勝ち目がないのは当然さ」
 そこで四、五人の学生がドッと笑い出した。それは劣等生たちのいつもの愚かで軽薄な笑いだった。留学生の僕が、勉学そしてスポーツに成績優秀なので、せいぜい皮肉でも言って自分たちを慰めているのだ。科学技術はいくら目覚しい発展を遂げても、人間自身はひとつも変わりはしなかったのだ。
 むしろ、その進歩の結果、世界の圧倒的な覇者の地位から失墜した白人たちは、他の連中がより優れた才能をみせると、僻んで応じるようになったのだ。ことにこのカレッジは低能で柄の悪い連中が多かった。それは僕が遥々故郷を離れて留学にやってきた当時、すでに体で感じ取っていたことだった。
 しかし嘲笑したのは白人ばかりではなかった。その中には黒人もいたのだ。
 「畜生!」
 僕は胸の中で叫んでいた。裏切られた気がしたからだ。
 それは黒人たちの方に、僕はより親しみを覚えていたせいもある。なにしろ僕の恋人はキャサリンという黒人の女学生なのだから。
 ゥゥゥただし、僕たちの関係はプラトニックなラヴにとどまってはいるけれど。

 午後、僕の胸の鬱屈を晴らしたくて、学生寮にキャサリンを訪ねた。突然で、しかもいつもより早い時間だけど、僕には悩みを聴いてくれる話相手が必要だったし、その相手は彼女以外には考えられなかった。
 ドアの前に立つと、備え付けのカメラが微妙に輝きだした。もちろん防犯用機器であり、訪問者の存在を告げているのだ。そしてドアを半開きにして、すぐにキャサリンが顔をみせた。
 「あ、ごめん。入浴の最中だったのかなゥゥ」
 バスタオルを纏っただけの彼女の黒い肌を目にして、僕は慌てて謝った。
 「ううん。いいのゥゥゥ」
 キャサリンがそう否定した拍子に、ハラリとバスタオルが絨毯の床に落ちた。彼女は急いでそれを拾いあげたが、僕はすでに彼女の素晴らしい曲線美を見てしまっていた。
 「で、用はなに?」
 「用ゥゥゥ?」
 僕はその反応に呆然として、彼女の言葉をエコーのように繰り返していた。僕の目には、まだありありと、彼女の野性的な美の滲んだふくよかな肢体が、悩ましく投影しているからだ。そして彼女の言葉を、『部屋に入るか、この場から去るか、はっきりしなさい』という決断を迫る催促の意に解してしまった。僕は自分の心臓の鼓動をはっきりと聞いた。
 「せ、精神的なものは肉体的なものに優る、とは人のいつも言っていたことだけれどもゥゥゥいや、そんなことはどうでもいい」
 「え?」
 「キャサリン、僕はずっと前から、君が欲しかったんだゥゥ」
 僕は思い切って、今まで押さえに抑えて来た恋心を吐露した。気持ちばかりでなく、僕の身体も、そのもっとも感じやすい部分が熱く昂ぶってきていた。
 僕はもう、自分がコントロールできない気がした。彼女だって、僕たちの関係がこのままで良いと思っているはずがなかった。
 「ゥゥゥ」
 キャサリンは黒く大きな目を、いっそう大きくして僕を見詰めている。まるで気違いでも眼前にみるような驚愕の表情だ。
 僕の脳裏に一抹の疑惑が走った。
 『彼女も僕を差別しているのか? 僕をセックスの対象としてはみていないのか!』
 そこへ
 「なんだ、どうしたんだ?」
 と一人の男の野太い声が、部屋の奥から聞こえてきた。どこの国の人間かしらないが、とにかくアジア糸の若者だった。しかも彼は、すっ裸だった。ダブルパンチを食らったような衝撃だ。
 そいつは僕をじっくり観察すると、こう言った。
 「こいつが例の木星の方から来た留学生かゥゥ心理学を専攻するキャサリンにはもってこいだな。良い研究資料だ。ゥゥゥなんてえスタイルをしているんだ。頭は馬鹿でかいし、足はダックスフンドみたいに短いし、六本もあるじゃねえか。いや、もう一本妙なのがぶら下がってやがるぞゥゥゥ」

(終)

あとがき = 古いようで、常に、残念ながら永遠に新しいテーマだとおもいます。そんな思い付きを書いて見ました。作者自身は好きでない題材ですが・・・


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