第1回、S・Sファイトクラブ「参加作品」
第一回FIGHT/テーマ「新」

「新年の憂鬱」

作者・時空門奴


 21世紀が始まった。嘘みたいにあっけなく。いや少しだけ波乱
があった。全民放テレビ局がカウントダウンを進めるなか、ある局
だけがフライングしていたのだ。二分ほど早かった。二分遅れてい
たのじゃなくて良かった。遅れていたら取り返しがつかない。だが、
誰に聞いても、そんなことを知っている人間はいなかった。気付か
れないほど、ささやかな波乱。昨日とまったく変わらない世界。2
1世紀のデビューは前評判を裏切る地味なものだった。

 新世紀の到来が思っていなかったほど地味で、自覚できないもの
だったせいか、会う人間会う人間、
「21世紀だねえ」
「全然変わらないねえ」
「それでも21世紀だよ」
 何度も口に出すことで、自覚を持ちたい、そんな気持ちの表れか
もしれない。年が明けて十日以上経っても、状況は変わらない。そ
の日も、久しぶりに会う友人にまず、
「21世紀だねえ」
「ああ」
「なんも変わらないのにびっくりだね」
 ところが、友人の反応はそれまでに他の人間が示したものとは大
きく異なっていた。
「変わらない?」
 友人の眉毛が少し動いた。
「なんか変わったか?」
「分からないのか?」
 ぼくはちょっと不安になった。何が変わったって言うのだろう。
「だって、全然あっけなく新世紀にならなかったか? もっと派手な
ものだろうと思っていたけど、実際は地続きに世紀が変わったように
思ってるんだけど」
 友人の眉毛がまた動く。
「小説書いてるくせに、鈍い奴だな。じゃあ、教えてやるよ。ちょっ
と本屋へ行こう」
 本屋? 本屋に一体何があるって言うんだ? ぼくは友人に連れら
れて本屋へ行った。
「これだ」
 友人が指したのは、20世紀初めに書かれた21世紀がどのような
ものであるかを予想した記事が集められた分厚い本だった。中を開け
てみる。エアカーが飛び、ロボットが召使いをしている。見慣れたレ
トロ・ヒューチャーだ。だが、友人の言う「変わった」がいったい何
なのか、ヒントになるようなことはまるで載っていない。
「これがなんだっていうんだ?」
「それを見ても分からない? 本当にお前は鈍いな」
 ぼくはむっとした。鈍い鈍いと一体何様のつもりなんだろう。そりゃ
あ確かに鈍いかもしれないが、そのもったいぶった態度はなんだ。
「ええ、鈍いですともよ。だから、とっとと何が変わったのか教えてい
ただけませんかね」
 ふてくされた態度で訊ねると、友人は面白そうにちょっと笑った。
「おっと、鈍い鈍い言い過ぎたかな。悪かった。だけど、何も変わらな
いなんて言われたら鈍感と言いたくもなる」
「分かったから、もう焦らさないでくれないか? 何が変わったんだ?」
「その前に未来社会という言葉からどんなものを想像するか考えてくれ
ないか?」
 ぼくは想像してみた。未来世界。どうしても刷り込まれた「あれ」が
出てきてしまう。
「エアカーとチューブの中を走る電車。ロボットの召使い」
「鉄腕アトムみたいな世界だな」
「幼い頃の刷り込みだからなあ」
 ネタ元がばれたので、少し恥ずかしい。
「まだ分からない?」
「全然」
「じゃあ、今度は22世紀を想像してみくれないか。アトムの世界以上の
ものを君に夢想することが出来るか?」さらに友人は付け加えた。「言っ
ておくが、夢想という言葉には甘い響きがあるぞ。輝かしくない未来像は
予想や推測ではあっても、夢想じゃない」
 考えてみたが、アトムの世界より進んだものは浮かばなかった。考えあ
ぐねていると、友人は勝ち誇ったように、さっきの本をもう一度持ち出し
た。
「百年前の人間はこんな本を作れるほど、未来世界を夢想できた。もちろ
ん、これは記事の全てじゃない。散逸してしまったものの方が多いだろう。
ところが、ぼくたちはどうだ。百年先なんて想像できやしない。今の技術
進歩のスピードなら、どんな荒唐無稽なことだって、百年あれば実現する
かもしれないのに、わき出てくるものは五十年も昔の未来像を借りたもの
か、五年先には実現してるであろう予想だけなんだ」
 言われてみれば、その通りだった。
「確かに想像できないな。でもなんでだろ。ぼくがあんまり未来に興味が
なかったからかな」
「いや、これは君の個人的資質の問題じゃない。今が21世紀だからさ」
「よく分からないな。今が21世紀だということと、22世紀を思い描け
ないことと、どういう関係があるんだ?」
「21世紀という言葉は未来の象徴だった。だが、さっき君が言ったよう
に訪れてみれば、20世紀からの地続き的なもの、つまり、夢想するもの
ではなく、単なる現実でしかないということを人間は実感してしまったん
だ。その実感は22世紀以降の世界を未来の象徴ではなく、単なる暦の問
題としてしまった」
 ぼくは頷いた。友人は続ける。
「20世紀から21世紀へ移ったときの最大の変化、それは未来像を夢想
できなくなったってことだよ。ぼくたちは未来を夢想する悦びを前世紀に
おいてきてしまったんだ。2000年まで、人は未来を夢見ることが出来
た。でも、もう『未来』なんてどこにもないんだ。残ってるのは予想でき
る将来だけさ。これでもまだ、君は何も変わらないなんて言えるのか? 
小説を書いてるくせに人間の想像の源泉が一つ枯れてしまったことをなん
とも思わないのか?」
「そういうことか……」
 新年早々、嫌な話だ。
あとがき = 「新」が新年としか繋がってなくて、申し訳ありません。

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