百物語


 百物語とは、寝静まった夜の中で火を附けた百本の蝋燭を円形に用意し数人がその中に入り各々の怪談噺をし、一つの怪談話を終えると一本づつ蝋燭を消してゆく。そして最後の百本目の蝋燭を消すと本物の妖怪が出ると云う古くからの言い伝えのことである。
 良平はその話を近所の八百屋の主人から二日前に聞いた。良平は八つである。八百屋の主人の言った事を全て信じた。良平は気が早く早速百物語をしてみたいと思い、昨日から学校で同志を募っているが、なかなか見つからなかった。
「ねえ、百物語って知ってる?」
「知っているけど……」
「今、一緒にやる人集めているんだ。どう?」
「怖いよう。やめとく」
 みんな一つ返事で断る。中には百物語を知らぬ者もいたが、良平が説明すると矢張り怖がって誰もうんとは言わなかった。
「はぁぁ」
 今、良平は学校から帰ってきて家の畳の上で寝転がっている。どうかしないと、百物語出来ない…。妖怪見てみたいなぁ、妖怪ってどんなんだろう? 良平はまた大きく溜息を尽いた。七月である。涼しい風が入ってくる。良平のうちにはないが、風鈴があったらチリーンと爽快な音を出すだろうな、と思った。暇だなあ。良平は頭の近くにあった『少年倶楽部 兵隊さん万歳』と書かれた本をとって見た。そこに、『怖ひ怪談』という項があって、良平は暇つぶしにそれを読んでいたが、だんだん興奮してきた。いよいよ良平は百物語を夢見た。……良平は身体をぐっと伸ばして一つ欠伸をした。ふと眠気が襲ってきて寝てしまった。

   *

「良平! 起きなさい! 清くんだよ、良平!」
「ん?……」
 母の声で良平は起きた。
「清くん、外で待っとるよ」
「清? ああ、清ね、分かった」
 良平はそういうと外に出て行った。良平と清は結構仲が良い。しかし、良平は清といるときは清よりチーフ的な存在になっている。清は少し内気な面もあるのだ。
「よぉ、清。どうしたの?」
「あのさ、百物語って良平君言ってたじゃんか。ぼく、昨日断ったんだけど、やっぱり一緒に仲間に入れてくれない?」
「清ぃ……いや、清君! ありがとう!」
 良平は嬉しさをそのまま表情に出し、ありがとう、と威勢良く言った。清は良平と同じく、妖怪を見たさに良平のところに来たと言っていた。良平はそれを聞いて有頂天になった。また、良平は清のようなのが来るだろうと思うと気分は最高であった。
 併し、来たのは清だけであった。学校でも毎日宣伝しているのだが清のようなのは一向に来なかったのである。
 
   *

 決行は明日の午後九時からとなった。場所は近くの、戦争が終わったため廃工場になったところである。良平は蝋燭を買う金が無いため、親の財布から一円二円と盗っては蝋燭屋に行って、蝋燭を買いに行っていた(良平は悪がきなのである)。毎日、二十本づつ買いにいっていたのだが、とうとう明日百本揃うのだ。良平は明日が待ち遠しかった。

   *

「良平ちゃん、また蝋燭かい? 今日は何本だい?」
「二十本」
「はいよ、はいよ。んで、何に使うんさ、そんなにたくさん蝋燭買い占めて」
「秘密だよ」
「ふーん、はい、ありがとね。」
 と言って、蝋燭屋のおやじさんは良平に蝋燭を紙袋に包んで渡した。それを良平は無言で受け取り、家に向かってバァと走った。顔はもう今にも弾けそうな笑顔だ。家の木の茂みの中に良平が蝋燭を隠している秘密の場所がある。そこに、今日買った分を紙袋をから遠慮なしに広げ、蝋燭を一本一本数えたら丁度百本あって、何か言い知れない嬉しさがあった。因みにマッチは家にあるので大丈夫だ。
 家にさり気なさそうに帰った。
「ただいま」
「おかえり。ところで良平、ちょっと聞きたい事あるんだけど」
 良平は少し動揺した。
「何さよ?」
「あのさ、母さんの財布のお金が少なくなっているんだけど、良平知らない?」
「知らねえよ、お袋の金なんて誰も盗まないよ」
「良平、あんた盗んでいないよね?」
 良平はもう駄目だと思った。そうして、口から何か良平自身も分からないような言葉が出てしまった。
「俺は何もやっていないんだから盗んだとか言わないでよ!」
 激しい剣幕で良平はそう言ってしまったのである。母は、
「良ちゃんごめんね、母さんが悪かったよ」
 と言った。さすがの良平もこの時は正直に悪いと思った。俺が大人になって稼いだら孝行するから、と心の中で言って自分を慰めた。

 良平の両親は八時に寝る。良平もである。併し、今日は違う。良平は両親と共に寝ころんでいるが、良平の目は最高に冴えていた。両親は(先ずは父が先に鼾をかいて寝て、母もまた父が寝て直ぐに寝た)寝て、良平は起きて、マッチを取り寝巻きのまま忍び足で外に出た。蝋燭をとり、廃工場へと向かった。街灯もない暗い夜道をただ走る良平は何かにとりつかれているようだった。
 ふぅ、と廃工場に着いた。昼間に見た事のある工場とは全く雰囲気が違っていた。百物語なんてしなくても十分怪物でも幽霊でも、妖怪でもいるような気がした。良平はいっそもうやめにしようかと思った。錆びた屋根、森閑とたる雰囲気は怪物や妖怪の住処にぴったりに思えた。また、下のコンクリートは妙に冷えたような感じがして自分の背中も刹那、冷たくなった。
 清が怖さに震えてながら来た。もうやめようよ、と言ってくる。良平もやめたかった。併し、良平の自尊心が許さなかった。今まで、否と言った事の無かった自尊心がである。
「何をあほなことを言うんだ一緒にやるって言ったのはお前だろ」
「まぁ、そりゃそうだけど……」
「だったら、早く。蝋燭持ってきたから火を附けるぞ」
「だから、やめようよ」
「いや、ここまで来たんだ、やめれるか」
 良平はマッチを取り出し擦ったが、力が強すぎて折れてしまった。もう一回擦った。今度は手が震えて弱すぎた。三回目、やっと火が附いた。火を蝋燭に近づけた。蝋燭に火が附いたが、それは非常に不気味な雰囲気をかもし出した。蝋燭の火で蝋燭を垂らし、そこに蝋燭を立てた。それを順々に円を描いていった。清も渋々手伝った。不思議な事に風は一つ無いので、火は消えない。綺麗な円はかけなかったが、一応蝋燭が円状に出来上がった。
「じゃあ、怖い話する?」
 良平は清に向かって力なくそういった。
「やめとこうよ」
 清は強く言った。声が響く。
「この蝋燭はどうするんだよ」
「いいじゃん、このままで。今日はやめよう」
「馬鹿か。だったら、もう怖い話俺からいくぞ」
「だったら、僕一人帰るね」
「待てよ! 卑怯だろ」
 良平は怒った。
「分かったよ、だったら良平君からはじめて」
 良平はわかりゃあいいんだ、と言うような顔をして、よし、と言って話し始めた。
「アメリカと戦っているときの話なんだが……」
 良平はあの雑誌に載っていた話を話した。清はたいそう怖がっていた。

   *

 九十八話目に入っていた。二人とも五十以降は出鱈目な適当なはなしになっていた。いわば、思い付きである。が故に、時たまコメディーになってしまう事もあった。しかし、二人ともかなり強張っていた。既にわずかな蝋燭の明かりがないのである。辺りはもう暗く一米先も見えなかった。
 良平は怖いながらも少し不服を言った。九十九話目にして漸く気がついたのである。
「俺が百話目いいたい」
 清はもうどうでも良いと思ったのか、
「いいよ」
 とあっさり良平に譲った。良平はもう笑わなかった。嬉しさじゃなかったのである。
「むかーしむかし、或る所に…」
 話は終わり、良平は緊張しながら消そうと思ったが、今まで吹かなかった風によってフッと消えた。良平は泣き出しそうに怖かった。二人は辺りを見回した。真っ暗で何も分からない。妖怪も怪物もいるようには見えなかった。併し、いきなり清が悲鳴を上げた。どうした? と良平は不安でいっぱいの声で尋ねた。もう、怖い。帰る! と言って走って逃げ出した。おい! と言って良平は清を追っかけて行った。実は良平も怖くて怖くて堪らないのだ。今までも、清がいなかったらとうの昔に泣いていた。号泣である。清が逃げたあと、良平は泣きながら走った。涙の雫は風に消えてゆく。

 ……やっとの事で家の前に着いた。ハァハァと激しい息遣い、初めて頬に熱い涙が垂れた。併し、親に見られては怒られるので泣かずに静かに入って眠る事にした。硝子戸を静かに開く……。蚊が入ってくる事なんて心配しない。ゆっくり閉めた。廊下を親指だけでしのび足で歩いた。見慣れた夜の家も、今はどっかから妖怪が襲ってきそうである。寝室に着いた。襖をゆっくりと少しだけ開いて中を覗いた。ふと、後ろから何かが来る気配がした。後ろを振り返ったが何もいなかった。心臓はもう高鳴っていて脈が耳に聞こえる。襖を良平が通れるくらいまで開けて、中に入っていった。ようやく、生きた心地がしてくる。良平は今日は眠れないなと思った。そして、自分の布団に近づいていく。親の顔を上から覗いてみた。うぁぁ! 良平はもう泣き始めた。泣き始めた。妖怪は既に出ていたのである。良平の親は白骨化していたのだ。
 静かな夜に一つの泣き叫ぶ声が響き渡る。昭和二十三年七月十八日のことである。

                                      【了】 

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