不発弾


 乗員二名の小型跳躍船「ADS」がその奇妙な物体を発見したのは通常空間に出た直後のことだった。
「救命カプセルに似てますね」
 フェリクスの言葉に、アルベルトの投げやりな声がかぶる。
「隕石か何かじゃないのか」
「明らかな人工物です」
 フェリクスの言葉を待つまでもなく、その物体は明らかな人工物、そして見たこともない風変わりな形。
「何だってんだ……」
 意志決定は上司であるアルベルトが行わなくてはならない。彼は部下の視線を感じながら腕を組んだ。
「調べますか」
「頼む」
 もし記録のないものだったとすると面倒なことになるーーアルベルトは思った。規則によれば救命カプセルの可能性がある人工物を発見した場合、最低でも最寄りの寄港地に曳航する義務が生じるのだ。
「あいつの質量はわかるか? 燃料は余裕あるはずだが」
 データの検索が開始されたのを見計らって部下に尋ねる。
「……調べてみます」
 ADSは目的地に向けて通常空間を最終加速に入る。燃料には多少の余裕があるはずだが、この小船が曳航するには少しばかり大きな荷物に見えた。
「でました」
 フェリクスの言葉はほぼ彼の予想通りだった。
「予想質量は問題にならないほど大きいですね」
 肩をすくめる
「曳航は無理です」
 となれば、内部を確認しなければならない。規則に背いて知らぬふりをするという手もあるが、その結果自分は確実に職を失う。二人のやりとりと船内外のセンサーの記録は全て記憶クリスタルに残るのだ。
「……中を調べるってか」
「主任!」
 フェリクスが画面を指す。
「不明か……」
 この船のデータベースにはその人工物の記録はなかった。既知世界の過去数千年間における宇宙船のデータをひたすら検索しても、スクリーンに投影される物体と一致する例はなかった。
「この位置に留まれる時間は?」
 すでに計算してあったらしく答えは即座に返ってきた。
「120分ってとこです」
 通常空間の出た瞬間から目的地であるエル・ブランコ宇宙港との相対位置は刻々変化している。作業を始めなければ場合によっては取り返しのつかないことになる。この船か、あるいはアルベルトのキャリアが。
「曖昧検索でよく似た機体を探せ、作業は同時に進める」
 危ないことには近づかないのが長生きの秘訣だ。しかし、場合によっては自分の居場所を確保するためにリスクを犯す必要があった。
「サブシステムの一つを検索に回すと、全体の信頼性が十二パーセント低下しますがよろしいですか」
 決断はいつも上役の仕事だ。『重要な連絡は対面で、必要な決断は責任者が』というのが会社のモットーなのだ。
「やろう、今は選択に時間を浪費できない」
「了解」
 船外作業用の無人艇をセットアップ。反動推進で相対距離を百メートル程まで縮める。制動の噴射によって物体との相対速度が0になるとほぼ同時にフェリクスの声が響く。
「無人艇射出します」
 アルベルトは無人艇のセンサー制御システムを起動してセンサーと連動するヘッドマウントディスプレイを装着する。
「調子はどうですか」
 仮想現実システムを通じてフェリクスの声が聞こえる。直接聞こえる声とオーバーラップしていつもながらおかしな感じだ。
「ああ、大丈夫だ」
 無人艇は物体へ慎重に接近させてゆく。
「入り口が見えませんね」
 フェリクスもスクリーンを通じて同じ風景を見ているはずだ。
「周囲を回ってみる」
 エアロックはもちろん、ハッチらしいものも見あたらない。
「無人のシステムかな」
 アルベルトは希望的観測を口にした。
「内部の空洞が気になりますね」
 質量センサーの結果から得られる比重が小さすぎるというのが部下の表明する「懸念」だった。内部に大きな空洞がある可能性が高いのだ。
「だからって切断するわけにも行かないだろ」
「主任」
 フェリクスの声。
「どうした?」
「検索の結果が出ました」
 程なく検索の結果がアルベルトの視野に表示される。
「ヤシマの攻撃艇?」
 大昔の星間戦争初期に滅びたという強大な星系国家の名前である。
「確かに似てる……生存者は無しだな」
「そうですね」
「出来るだけ記録を撮って帰投させる」
「了解」
 無人艇はさらに物体の周囲を移動する。確かにヤシマとすればこの物体の風変わりなデザインも納得いく。
 大戦初期、突出した科学力で主導権を握った軍事大国ヤシマ。もし戦争の流れが変わらなければ、人類はあの馬鹿馬鹿しく長い戦争を体験せずにすんだかもしれない。ところがある時期、ヤシマは全戦線より不可解な撤退を始め、いつの間にかそれ自体歴史から消え失せたのだ。
 アルベルトが知っているのはそれくらいで、大概の人間もその程度しか知らない。混迷を極めた長い戦争によって記録は切り刻まれ、事実は風に吹き飛ばされてしまったのだ。
「それにしても奇妙なデザインだ」
 ヤシマのデザインは現在のどこのものとも似ていない。それ故に人間以外の文明と接触していたという風聞すらある。誰でも子供の頃一度は夢中になる「悪魔と結託した神秘の国ヤシマ」の物語というわけだ。
「そう思わないか? フェル」
 答えがなかった。
「フェル……フェリクス、どうした?」
 妙な匂いがした。
 生臭い……血と臓物の匂い。
「主任……主任!」
 フェリクスの悲鳴。
 装着していたディスプレイをむしり取る。
 立ちすくむ部下の前、ブリッジの床には血だまりが出来ていた。
「急に、血が」
 床一面後だまりの中には臓物が積み重なっているのが見えた。
「おい、フェル。こいつはどこから来たんだ」
 部下は応えない。その瞬間空中に人骨が出現した。
「……うそだろ」
 頭骸骨の眼窩には眼球がはまっており、それが動くのが見えた。
「こっち見た、生きてます、生きてるんですよ」
 呆けたように繰り返す部下の声を聞きながら、アルベルトはさらに信じがたいものを見た。
 血だまりが骨格を中心に集まり始めたのだ。至近から大砲の弾を撃たれて破裂した人間の映像を逆回しで見るように、床に散らばった一切合切が集まり始め、そして程なく裸の男が一人ブリッジに出現した。
「あんた……誰?」
 その男はフェリクスの言葉に何の反応も示さない。ゆっくりと跪くと、床に残った小さな血だまりを指でなぞり、そしてその指をゆっくりと舐めた。
 アルベルトは不安に襲われた。何かしなくてはならないのだが、体はこわばったままだった。
 突然男が動いた。
 フェリクスの首が不自然な方向に折り曲げられるのが見えた。そして、その男は振り返る。怒りをたたえた瞳。
 その瞬間、その男がどこから来たかアルベルトは悟った。ほんの数百メートル、人間だけを「跳躍」させる技術と出口のないカプセル。おそらくヤシマの特攻兵器。
 男が眼前にいた。乾いた唇が聞いたこともない言葉を呟やく。アルベルトは恐怖で動けない。
 ただじっと見ているだけだった。
 気の遠くなるほどの時間を待ち続けた、その顔を。

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