ハロウィンの夜、俺達は


「おい、冷蔵庫に入れておいた俺の夕食はどうした?」
 仕事から帰って腹ペコの俺はソファで寝転がっているレイを睨みつけた。
「え? ああ、絞ってジュースにしちまった」
 しれっとして言い返すレイに、俺はキッチンに放り出してあった包丁を突きつけた。
「刺されたくなかったら、チーズバーガーを五個買って来い! ピクルスは抜き、マスタードはたっぷりだぞ!」
 ブツブツ言いながらもレイは自慢の金髪をなびかせてドアから出て行った。俺は溜息をつきながらソファに沈み込む。いつもならこの時間、奴はカウンター・バーにバイトに出かけている。なかなか腕のいいバーテンダーだ。でも今夜は違う。今夜はハロウィンだ。

 レイが帰ってきて、食事を済ませてから俺達はメイクを始めた。レイはゾンビのメイクだ。顔半分の皮が捲れているような見事なメイク。奴はこういうメイクが得意なので俺もやってもらった。歯に張り付けるだけの簡単な牙と青白いファンデーションだけだが俺の黒い髪にはよく似合う。これに黒いスーツとマントを羽織れば立派なヴァンパイアが出来上がる。レイはわざとボロボロにした服を着て鏡の前で悦に入っている。
「似合ってるよ。ただし綺麗なお顔は台無しだけどな」
「ふふん。いい男はゾンビになったっていい男なんだよ」
 まあ、そんなこんなで俺達は華やいだ夜の街へ繰り出したってわけだ。

『ネクロノミコン』という名の行きつけのクラブは気取りの無い店で仲間もよく集まってくる。俺達はいつもの席に陣取って様々な扮装をした連中を眺めていた。
「ハイ。暇そうね、デビィ、レイ」
 クラブのダンサーをしているキャリーが話し掛けてきた。キャットウーマンの扮装が色っぽい。
 横でレイの悲鳴が聞こえた。見るとムキムキの狼男に抱きつかれている。レイはストレートだが、その女のような容姿が災いして女よりも男にもててしまう。狼男が床に叩きつけられる音をバックにしてキャリーがこっそりと耳元で囁いた。
「今夜は気をつけて。怪しい奴がいるわ」
 そう言いながら走らせた視線の先を見ると鹿皮の帽子を目深に被った男が見えた。足元には大きなボストンバッグが置かれている。
「ははあ。でも今夜は変装している奴ばかりだから見分けるのは大変だろうね」
「まあね。でも連中は鼻がいいから匂いで見分けるのよ。だからあたしはいつも香水はかかさないのよ」
「どれどれ」
 俺がキャシーの唇に顔を近づけた瞬間。
「きゃああ!」
 もの凄い悲鳴が聞こえてホールに目を向けると、首の無い男が噴水みたいに血を吹き上げながらフラフラ歩いている。これはずいぶん凝ったメイクだなと感心しながら周りを見渡すと、人々が我先に出口へ向かって走り出した。空気を切り裂くようなチェンソーの音と共にレザーフェイスの扮装をした男が前にいたフランケンシュタインの花嫁の胴体を真っ二つに切断した。ずるり、と上半身が床に滑り落ち、はみ出た内臓が床にべちゃりと広がる。混乱はますます激しくなりチェンソー男は次の獲物を探して周りを見渡している。その時、鹿皮の帽子の男がゆっくりと立ち上がった。
「おい、お前ら、逃げても無駄だぞ! 外は仲間が見張っているからな。さあて、今夜は大掃除だ。せいぜい覚悟するんだな」
 男はそう言いながらバッグからショットガンを取り出した。やばい。こいつらはハンターだ。キャシーが俺の腕を掴んだ。
「逃げましょう。さあ、早く!」
俺達三人はステージに駆け上がり、楽屋を抜けて裏口のドアを開けた。外に待ち構えていたハンターがこちらに銃口を向けようとした瞬間、俺は姿勢を低くして男の鳩尾を殴りつけた。男が崩れるように倒れると俺達は路地を走り出した。狭い路地へ逃げ込んだところでキャシーが立ち止まった。
「あんた達はこのまま逃げて。あたしは大丈夫だから。無事だったらまた会いましょう」
「ああ。気をつけて。絶対に捕まるなよ」
「幸運を」
 レイがちょっと片手を上げてキャシーに微笑みかけた。
「ありがとう。もう行くわ」
 キャシーの瞳が変化し始めた。瞳孔が縦に細くなり、青緑色に輝いている。勢いをつけて膝を曲げると、あっという間に高い屋根に飛び移り屋根づたいに走っていった。俺はマントを脱ぎ捨て、レイと一緒にいくつかの路地を駆け抜けた。
「ここまで来れば追ってこないだろう」
「ああ、たぶんね」
 フェンスに囲まれた空き地の前で胸が苦しくなって足を止めた。レイはかなり疲れているようだ。ぼうっとしていた為かもしれない。俺達は何かが近付いてきているのに気がつかなかった。突然黒い蔦のようなものが地面から生えてくるとレイの両足に巻き付いて身体を縛り上げた。
「うわっ?!」
 レイは抵抗する暇もなかった。俺はなんとか蔦を外そうとしたがビクともしない。
「お前らもこれで終わりだな。一人ずつ始末してやるよ。おい、そこをどきな!」
 声は鹿皮帽子の男だった。薄茶色の羽根のついた気取ったマントを羽織った男はその手にショットガンを構えていた。俺は立ったまま地面に縛り付けられているレイの前に立ちはだかった。が、地面から生えてきた黒い蔦に一撃をくらい、跳ね飛ばされてしまった。男は銃口をレイの頭に向けた。
「お前らゾンビは頭を破壊されればお終いってわけだ。どうだ。言い残すことはないか?」
「いいから早く、撃てよ」
レイはうっすらと笑みを浮かべて俺の方を見た。全てを悟った俺はレイを置き去りにして逃げた。背後で銃声が響き渡った。
五分ほど走っただろうか。俺は公園の中に逃げ込んでいた。このまま木立の間に紛れ込めば逃げきれる。そう思ったとたん、前方の木の陰からチェンソーの音が響いてきた。しまった! 
「さあて、お前もこれで終わりだな。ヴァンパイアを殺すには、やっぱりこいつだよな」
振り向くと鹿皮男がでかいアーチェリーのようなものを抱えて立っていた。矢の替わりにつがえているのは、たぶんトネリコの木で出来た杭だ。そうか。やっぱりこいつは……。
「さあ、覚悟しな!」
 言うが早いか発射された杭は見事に俺の胸に突き刺さった。激痛が身体を駆け抜け立っていることができない。膝からくずおれた俺は近付いてくる男を睨みつけた。
 男は長い剣を取り出した。畜生! 首を刎ねるつもりだ。男が大きく剣を振りかぶった瞬間、何者かが男の背後から手を回し首筋に噛み付いた。男は悲鳴をあげる暇もなくその場に崩れ落ちた。レイだった。チェンソー男がレイに襲い掛かる。レイは俺から杭を引き抜くと振り回されるチェンソーをひょいと潜り抜けて男の背後から杭を深々と突き刺した。
「助かった。ありがとう」
「ああ、でももうこの街にはいられないな」
 まあ、今度のハンターが間抜けだったからよかったものの、いつもこうはいかないだろう。
 奴はレイがゾンビで、俺がヴァンパイアだと勘違いしていた。扮装を真に受けたのだ。実際は逆なのだ。俺がゾンビでレイはヴァンパイア。気まぐれに扮装を逆にしたのが幸いだった。いずれにしても帰って引越しの準備をしなくてはならない。俺達は永遠に漂泊の身なのだ。
「こいつらの腕、切り取って帰ろうか?」
 弾痕を額に付けたレイが俺の顔を見てにやりと笑った。凄い顔だ。
「いらねえよ。チーズバーガーで我慢するさ」
 さて、次は何処へ行こうか。とりあえず、俺達はアパートに向かって歩き出した。 

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