鐘楼流し


 幼い頃の記憶の曖昧さはぼくを孤独にする。夏休みともなると、遠くに就職した友人たちが酒を酌み交わしに帰ってくる。昔話を肴に大いに盛り上がろうというわけだが、そんな席にたまに顔を出してもぼくだけは蚊帳の外だった。
 体が弱いせいか、ぼくにはほとんど学校に行った記憶がない。思い出をたぐり寄せようとしても、頭の中には暗くて大きな洞穴がぽっかりと口を開いているような案配でまったくダメなのだ。

 だがそんなぼくにも、たったひとつだけ、鮮明に思い出せる光景がある。

 背景は月もない暗い夜だ。五メートルはあろうかという藁の舟が、舷側に白い提灯をたくさんぶら下げて、通りを進んでゆく。舟を担いでいるのは黒々とした寡黙な大人たち。時折鼻を啜るような音が混じるほかは、皆申し合わせたように下を向いている。舟のあとをぱらぱらと付いてゆく人影がある。吊された提灯のせいか、それらの人影は右に左に揺れているが着物姿の女たちらしいと分かる。町境を流れる大きな川がある。水面は穏やかで静かだ。大人たちは無言のまま川辺へと下りると、舟を川面に押し出す。提灯が一斉に揺れ、黒い川面で光が跳ねた。

 鐘楼流しは厳粛な儀式なのだと父が教えてくれた。初盆を迎えた家は鐘楼舟一艘を普請する。送り提灯をたくさんぶら提げたその鐘楼舟で、亡くなった人の魂を俗世から彼岸の向こう側へと送り出すのだという。鐘楼流しの晩は子どもたちはみんな家に閉じこめられる。そうしないと、成仏しそこねた魂が幼い子どもを連れてゆくし、あわよくば入れ替わりになって自分は俗世に戻ろうとする。だから子どもは見てはいけないと、それほどに諭されるとさすがに腕白盛りもその夜ばかりは鳴りを潜めることになった。でもこうして覚えているからにはたぶんどこからか見ていたのだろう。それは雨戸の隙間か、あるいは屋根の上にへばりついてか。

 川面に浮かんだ鐘楼舟は川の流れに任せて下りはじめる。石造りの境川橋をくぐり、単線の鉄道橋の下を抜けると、遠浅の有明海へと出てゆく。藁舟だからやがて沈む。舟の目方と藁の加減でちょうど海原へでるころに首尾良く傾き、提灯の蝋燭が藁に火をつけるように作られていたのだ。そうして、鐘楼舟は傾くと同時に一気に燃え上がり、そして海に沈んでゆく。近隣の鐘楼流しは、今では観光客も押し掛ける華やかな行事となっている。暗い有明の海で燃え上がり、沈んでゆく多数の鐘楼舟はたしかに人を引きつけるものがあるのだろう。

 ところが、ぼくが覚えている光景はそういう賑々しいお祭り騒ぎとはずいぶん違っていた。送り出すのはたった一艘の舟だ。季節は夏、盂蘭盆明けは同じだが、観光用のそれと違って思い出すたびに寒々とした気分になる。口を閉ざし鐘楼舟を川岸で見送る大人たちのかたまりは小さく、彼らは一様に肩を落としている。花火もかけ声もない静かな鐘楼流しの始まりで、流れ出した鐘楼舟に合わせるように彼らは動き、引きずる草履の音だけが張りつめた空気を微かにふるわせる。煌々と光る白い提灯に照らされた鐘楼舟は、藁で作られたとは思えないほどに舳先から船尾まで堂々とした躯体を見せ、まるで発動機を持っているかのように、徐々に加速する。大人たちは小走りに追いかけ、境川橋の上に立ち止まる。鐘楼舟は境川橋の石桁に姿を消し、しばらくして下流に現れる。

 橋桁が光で揺れ橋の上で吐息が漏れた。出てきた鐘楼舟は右舷に傾いでいた。
「なまんだぶ」
 橋の上から念仏が漏れた。低くて細い声の上に、すぐに他の声が重なり唱和となる。念仏に促されるように藁の舟の提灯が大きく揺れ、舳先はさらに傾いだ。容赦ない川水が船体の藁の隙間を浸食し浮力を奪い取っているのだ。堤防に写る舟の影が不安定に右往左往し、舟は舵を無くして舳先が反転した。次の瞬間に提灯のひとつから赤い舌が暗い夜空に向かって伸びたのをぼくの目はしっかりと見ている。
「なまんだぶ」
 念仏の声がいっそう大きくなり、鐘楼舟はひといきに炎上した。頭を下げ手をこすり合わせる女たち。目を開き、今や川水に飲み込まれる舟を見つめる男たち。いずれの口も動きを止めない。
 その時、ぼくは何かが鉄道橋から落ちるのを見た。舟はまだその半分くらいを川面に残していた。それを目がけて飛び降りたのは、ひとりの女だった。手に鎌を持った女は火のすぐそばに着水すると燃える舟にしがみついた。
「あたしの……」
 意外に近くに聞こえた声は、しかしそのまま藁の残骸と共に川に消えた。

 父にこの話をすると笑い飛ばされる。そもそも、ずっと床に臥せていた子供時代のぼくがそんなものを見ていること自体がおかしいとも言う。きっと友人たちの法螺話を真に受けて、いつのまにかそういう光景を想像してしまったのだ。そう決めつけられると反論のできないぼくだった。もちろん、それが友人たちからの影響ではないということはぼく自身、分かっている。試しに軽い調子でこの話を振ってみると友人たちは皆決まってぼくの顔色をうかがい、バツの悪そうな顔をするからだ。そして素速く話題をすり替えてしまう。それがぼくの唯一の記憶だというのにだ。

 仕事に入る父は近寄りがたい雰囲気を持っている。母屋と町道を挟んで反対側に建っている大きなバラックが父の仕事小屋だ。今年もトラックが次々とやってきて、いろいろな材料を下ろしてゆく。日頃の柔和な顔をどこかに置いてきたような父は、コマネズミのように動いて、トラックから降ろされる木材や藁束をバラックに運び込む。小型トラックで通ってくる大工や昼飯を差し入れに来る近所の女も、みんなあまり歯を見せない。まるで申し合わせたかのように、表情に乏しく無駄口も叩かない。

 八月も半ば頃になり、ぼくは突然坂の上の離れに移るように父に言われた。バラックの屋根を外す作業が始まるからだろう。もうぼくはそこに何があるのかは想像できる。父が頑なに隠そうとすればするほど、ぼくの確信は強くなる。おまけに、離れにひとりにされるとぼくは嫌でも鐘楼流しの記憶を反すうして一日を過ごす。そしてついには思い当たるのだ。
 海に出て炎上するはずの鐘楼舟が、なぜ手前の鉄道橋の下で沈んでしまったのか……。

 盂蘭盆明けの夕暮れ。ぼくは父の言いつけを破り、離れを出てバラックに潜り込んだ。父が今夜の鐘楼流しの段取りに出かけたあとだ。昼間の熱気が残った暗い土間に、記憶にある大きな鐘楼舟が収まっていた。微かな記憶を辿りぼくは船尾からよじ登る。舟の中は案外広い。船底にある茣蓙を捲ると想像していたとおりだった。青痣だらけの子どもが息も絶え絶えに横たわっていた。子どもを立たせ、足首の重し石はバラックの外に持ち出し、庭の残材の中に紛れ込ませた。再びバラックの中に戻ると、ぼくは船底の茣蓙の下に身を隠す。これでいいと自分に言い聞かせる。本当はあのときにすべてが完結すべきだったのだ。
 記憶の向こうで誰かが微笑む。鉄道橋の上から飛び込んだ女。その絶叫が今やはっきりとよみがえる。
「あたしの息子を連れて行かないで」
 母はたしかにそう言った。そうして重し石を外すためにぼくの足首を鎌で切ったのだ。

 あの夜が父を変えた。自殺し損ねたぼく――寝たきりの役立たずだけが助かり、母は還ってこなかった。父はぼくを憎むべきだった。ところが、あの夏からひとりずつ子どもが姿を消すようになり、ぼくは神経を病んで現実から逃げた。でもそれも今夜で終わりだ。ぼくが居なくなれば、きっと父も目が覚める。

(終わり)

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